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徳川家康 ~約260年も続く江戸幕府を開いた偉大な侍~

徳川家康 苦難に耐えて天下を手中におさめた唯一無二の将軍

徳川家康は、江戸幕府の初代将軍です。1543年11月26日に三河国、岡崎城主、松平広忠の子として生まれました。幼少期から青年期にかけ、人質として織田家、今川家へ送られました。

 

19歳のときにやっと解放されて、故郷の三河(愛知県)にもどりました。

その後、4年間、織田信長と同盟を結びました。織田信長が暗殺される「本能寺の変」の後、豊臣秀吉の天下統一に協力しました。

 

1549年に自分の領地を関東の江戸に移しました。豊臣秀吉の没後に,「関ケ原の戦い」で天下を手中におさめました。1603年に征夷大将軍となり,江戸幕府を開きました。

この江戸幕府は、約260年も続きました。

徳川家康は1543年に死去しました。享年75歳でした。

天下の分かれ目、関ヶ原の戦い

徳川家康は、1598年に豊臣秀吉が死去すると、天下取りに踏み切ります。
徳川家康は、天下を取るにあたり、豊臣秀吉の重臣。石田三成が障害になると見越して
いました。

徳川家康は、石田三成の討伐へと動き出します。豊臣政権や石田三成らに反感を抱いて いた諸大名を招集して東軍を結成しました。石田三成は、豊臣政権を守るために西軍を結成し、徳川家康率いる東軍と衝突しました。
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天下分け目の戦いは、美濃国(現在の岐阜県)「関ヶ原」で繰り広げられました。開戦当初は西軍側が優勢でしたが、次第に西軍側から東軍側へ寝返る兵が増えていきました。本戦開始から、混乱を極めた戦場で西軍側の諸将が次々と敗走しました。
混乱の戦いの結果、徳川家康が率いる東軍は勝利を収めました。

す。

征夷大将軍就任、江戸幕府の誕生

関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康は、1603年、朝廷から征夷大将軍に任命され、江戸幕府が誕生しました。徳川家康は、征夷大将軍となり幕府を江戸に置くことで、朝廷からの干渉を避けようと意図しました。

 

将軍となってからも、徳川家康は大名の反乱が起こらないように目を光らせていました。

そこで徳川家康は、江戸城の建築に取り掛かりました。大名達に戦の時間を与えない目的で、東西70名余りの大名を指名し、城の建築に協力させました。江戸城を建築する中で、城下町も整備され、大名屋敷も造られました。

徳川家康は75歳まで生涯を全うした

1616年に徳川家康は亡くなりました。享年75歳でした。平均寿命が40歳前後という時代において、徳川家康は75歳までその生涯を全うしました。

葬儀は神式(唯一神道)で久能山に葬られ、後に日光東照宮に改葬されています。